5月20日

一体、何回目になるのだろう。
指折り数えないと分からないくらいになってきました。
自分の誕生日よりも結婚記念日よりも、
私にとっては、一年で一番特別な日。



永遠くんのお誕生日


死産だから、お誕生日でありながら命日でもある、
という複雑な日ですが。


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数日前、パートのお仲間さんから切り花をいただきました。
「ベランダで育てているお花を切ったから持って帰ってー。
きれいな黄色のお花よ。」ってLINEが届いて

このタイミングで、黄色のお花をいただけるということに
ご縁を感じずにはいられませんでした。

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元夫とまだ離婚する前に、
「こんな男と一緒にいても不幸になるだけだ。」
と頭では分かっているのに、
情けないことにまだ気持ちの面が追い付かなくて、
好きという感情を完全に消すことは出来ませんでした。
加えて、世界中どこを探しても永遠くんの父親は元夫しかいない、
ということがずっと心に引っかかっていました。

最後の最後まで引っかかっていたのは、
“永遠くんの父親”であるということ。


「この悲しみを共有できるのは、元夫しかいないから…。」


ずっとそれだけが心に引っかかり、
その思いが離婚を思い留まらせていました。
おかしいですよね。
でも当時は本気でそう思っていたのです。

私がこの話をすると、
聞いている相手は決まって不思議そうな顔をしました。
苦笑している人もいました。
みんな同じ気持ちだったのだと思います。
そしてある時、ついにある人が言ってくれたのです。



「ねぇ、その旦那とこの先ずっと一緒にいたとしても、
気持ちを共有できる日なんて来るのかな?」


その言葉に、私はハっと目を覚ましました。


:::::

本当に彼女の言う通りでした。
永遠くんの遺影がある自宅に不倫相手を連れ込み、
そこで行為に及べるようなそんな元夫とは、
悲しみを共有することなど、絶対に不可能でした。


父親だから、なんて関係なかった。


決して父親ではなくても、
私の気持ちに寄り添ってくれる人はたくさんいました。
命日に黄色のお花の画像を添えてメールをくれたり、
「まゆりんこちゃんさえよければ、一緒にお墓参りに行かせてもらうよ。」
と言ってくれる人だっていました。
今回のパートのお仲間さんだって、そう

私はたくさんの人に優しさに支えられて、
何とかここまでやってこられました。


もしも永遠くんが生きていれば、今年で8歳かぁ。
自分に8歳の息子がいる生活なんて想像できないけれど、
時々あの頃の手形やへその緒を見ては、
私は確かに永遠くんのママだったんだなって、
一緒に過ごした妊婦時代のことを思い出しています。


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2016.05.20
2016年5月13日(金)

昨日は13日の金曜日でしたね。
しかも仏滅まで重なったのだとか。
13日が金曜日になるのは、2016年では昨日の1日だけで、
さらに仏滅も重なるのは3年に1度あるかないか、
なんですって。

そんなわけでネットではちょっぴり騒がれたりもしたようですが、
私にとっては別の意味で、特別な日でした。

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毎年、5月13日になると思い出します。
もう8年前のことになりますが、
2008年5月13日(火)に、当時妊婦だった私は
お腹の中で赤ちゃんが亡くなっていることを宣告されました。
もしも元気に育っていれば、この日から妊娠8ヶ月目に入る予定でした。

あの日のことは、今でも昨日のことのように覚えています。
けれど、あの日私が感じていた感情を、
今ここで言葉で表現することは出来ません。
悲しみ、辛さ、寂しさ、悔しさ…、
この世に存在するどんな言葉を使っても、
あの時の心情を表すことなど到底無理なのです。

そんな私の状態を、
医学の世界ではたった漢字7文字で表現できるそうですけどね。



子 宮 内 胎 児 死 亡



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だから昨日は、とても複雑な思いで過ごしました。
お仕事が終わったのが21時。
そこからスーパーに寄ってお買い物をし、おうちに向かう途中でのこと。

仕事の疲れも手伝ってぼんやりと信号待ちをしていたら、
私の周りを、何かがひらひらと飛び回っていることに気付きました。
ずーっと私の周りをひらひらと飛び、
近くに人がいるのに私の所にしか来ないのです。


「あれ、永遠くん?」



それまでぼーっとしていた私が、
思わずふとそう思って飛び回っている物体に視線を向けたところで、
ひらひらーっとどこか遠くに飛んで行ってしまって、
夜で暗かったこともあり、
きちんとその正体を確認することは出来ませんでした。


でも永遠くんだったような気がする。
と言うか、そうだといいなって。


会いに来てくれて、ありがとう。


って心の中でつぶやいて、
そこからは少し笑顔を取り戻して帰宅できました。

13日に赤ちゃんが亡くなっていることを知り、
20日に分娩するまでの1週間は本当に地獄のような入院生活でした。
8年前の今頃、自分がどんな思いで
毎日を生きていたのかと思い出すと、今でも涙が出てきちゃう。
そして、元夫はそんな中私を裏切り続けていたのだと思うと、
これまた言葉では言い尽くせぬ怒りが蘇ってくる。
っていうか、もう怒りを通り越して笑えてきちゃうけれど。
「人として終わってるね…。」と。

当時のことを記した日記はこのブログにもあるけれど、
私は辛くて読み返すことが出来ません。



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2016.05.14
いつも利用しているスーパーの中に、
ちょっとしたお花を扱っているコーナーがあって
毎回そこをのぞくのが日課になっています。
実際に買うことは多くないけれど、お花見るの好きだし


永遠くんの命日を2日前に控えたその日、
いつものようにお花コーナーをのぞいてみると、
思わず息をのむ光景が。


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これって、ただの偶然なの
ずーっとこのコーナーを見てきたけれど、
ここにマリーゴールドが並んだことなんて、一度もないよ。
いつ見ても切り花しか置いてないし、
この日もたくさんの切り花がある中、
マリーゴールドだけ苗で売られていたよ。



なんか永遠くんが笑ってるように見えた。


永遠くんが会いに来てくれたように、見えた。




きっとそうだよね





マリーゴールドと永遠くんの関係については、過去記事をご参照ください。


【マリーゴールド】
http://mayurinnco02.blog114.fc2.com/blog-entry-511.html




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2015.05.19
今年もまたこの日を迎えました。



5月20日



今朝お友達からメールが届きました。
「おはよう」という何気ないメールと共に添えられていたのは
黄色のお花の写真で。

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あの日から6年も経つというのに、
この6年間、毎年欠かすことなくこの日にメールをくれた彼女。
6年間私の気持ちに寄り添ってくれたことに
感謝の気持ちでいっぱいです。


そして今年の5月19日から20日に変わるその瞬間は、
大切な人と一緒に過ごすことが出来ました。
結婚相談所ネタの記事はタイムラグがあって追いついていないけれど、
結果から言うと、ワタクシ年内に結婚することになりそうです。
また追々、記事でUPしますね。

きっと永遠くんも喜んでくれていると思います


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2014.05.20
5月20日

息子の誕生日でもあり、同時に命日でもあるこの日。
決して休み希望を出したわけではないけれど、
偶然にも公休日になっていたこの日は、
照英さんと会う約束をしていました。

彼が連れて行ってくれたのは荒牧バラ公園
関西ではトップクラスのバラ園です。

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どこを見てもバラが広がるその空間で、
黄色のお花(永遠くん)を見つけると、黙って指さして教えてくれる、
そんな彼の優しさが嬉しくて

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彼のお母様が亡くなる数か月前に、
車椅子に乗せて、ここに連れてきてあげたそうです。
辛いとか悲しいとか、この公園にそういう感情はないらしいけど、
きっと彼にとって大切な思い出のある公園。

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ここにバラ園があるってことは以前から聞いていたので、
前に会った時に「今日行きたい!」って言ったのだけど、
「それはまた今度ね。」ってスルーされたんだよね。
もしかしたら永遠くんの命日に来ようって、決めてくれていたのかな
なんて、ただの偶然で実は全然違ったりして

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5月20日という日を、こんなにも温かい気持ちで過ごせる日が来るなんて
あの頃の私には想像もつかなかった
でも今思うことは…、
少なくともあのまま元夫と結婚生活を続けていたら、
こんなにも穏やかな気持ちになれることはなかった、ということ。
それだけは間違いない。

当時の私には、離婚に向けての調停が始まってもなお、
どうしても消化できない気持ちがあった。
それは息子にとって世界中でたった一人の父親である元夫と
本当に別れてもいいのかな、という自問自答。
例え、男としてはどうしようもない人だったとしても、
息子にとってのパパは世界中どこを探したって元夫しかいなくて、
息子を亡くした悲しみを共有出来るのは元夫しかいないのに、
別々の道を行く人生を選んでも良いのだろうか、と。
でも冷静だった友人たちはみな言ってたっけ。





「このまま旦那と一緒にいても、
悲しみを共有出来る日なんて来ないよ。」



今さらですが、その時の言葉の意味をかみ締めています。

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この日は真夏日でした
園内でアイスクリーム食べている人もちらほら見かけました。
見上げると、そこに広がるのは澄み渡った青い空。
あの日の空によく似ていました。
出産2日後に、息子をお空に還した日。
あの日火葬場から見上げた空も、こんな感じだったなぁ。

あんなにも苦しい思いをしながら一生懸命産んだ我が子が、
鉄の扉の向こうで燃やされてしまうのだと、
ショックのあまり泣き崩れてしまった私だったけれど、
たくさんの人に支えられながら過ごしてきた5年後のこの日。
青空の下、こんなに笑って過ごせる私がいました。

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「そろそろ帰ろうか。」って公園を出て駐車場に向かう時に
彼がこんな事を提案してくれました。
「近くにスーパーがあるから、寄っていこ。
今日はお花とお菓子をお供えしてあげた方がいいでしょ。
子供が好きそうなお菓子
自分の子供でもないのに、こんなに大切に想ってくれること、
本当に喜びと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

永遠くんの前に、1人目のベビちゃんを流産してしまった後、
その子の命日にケーキを焼いてお供えしたことがあったのだけど、
その時に、元夫に怒鳴られたんです。
「いつまでこんな事続ける気だっ!」と。
子供を想って涙したり、こういう形で供養することを嫌う人でした。
だからきっと、お友達が言ってた通りなんだと思う。
あのまま一緒にいても、あの人と悲しみを共有出来る日は来なかった。


照英さんは、永遠くんにロールケーキを買ってくれました
そして「好きなお花選んでおいで。」と言ってくれたので、
迷わずに選んだのは、黄色がメインの花束。
彼のお母様が好きだったという
ピンク色のお花が一緒に入っているものを選びました

素敵な一日でした



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2013.05.25