※前回の記事(↓)からの続きです。
彼から届いた、一通のメール。

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お別れした後に、
たった一度だけメールのやり取りをした私たちでしたが、
その後はお互いに何の連絡もとらない日が続きました。

おかげさまで私は無事に離婚が成立し、
それなりに男性との出会いもあったりして、
彼のことを思い出す頻度も徐々に減っていきました。




ところがある日、衝撃的な出来事が起きました。




この頃にはスマホを持つようになり、LINEも利用していた私。
一切連絡を取らなくなったものの、
アドレス帳にはまだ彼の情報が残っていました。

「(あえて)残しているのか」のか
「(ただ単に)消していなかっただけ」なのか、
そのどちらなのかは自分でも分からないけれど。


さすがにこの頃にはもう
彼のことを思い出して涙を流す、なんてことは無くなったけれど、
ある日思いがけず、LINEに彼の名前を見つけた時には
一瞬心臓が止まりそうになりました。

私が彼をアドレス帳に登録しているからなのか、
逆に彼が私をまだ登録しているからなのか、
それともその両方なのか…、
そのへんはよく分からないけれど、
とにかくLINE上に彼の名前が挙がってきたのです。




衝撃的だったのは、そのプロフィール画像です。




2人の子供が写っていました。
子供しか写っていないけれど、確かに彼に似ていた。
間違いなく彼の子だ。
あんな別れ方をした彼が、例の女性と結婚して、
さらにはもう2児の父になっていることを
計らずもLINEが私に知らせてくれたのでした。


でも、この時にふと思ったこと。
それは子供の年齢。



写真を見る限りでは、私と別れてその女性と結婚した後、
割とすぐに子供を授かった計算になる。
それに気付いた時、私は一気に現実に引き戻されました。

一連の出来事を、
ちょっぴり美化していたところがあったのかもしれません。
私たちふたりは、悲しい運命。
それぞれが別の道を歩むことになっても、
ずっと心の中でお互いのことを大切に想っている。

彼にいたっては、隣で奥さんが寝ていても、
心の中では毎晩「まゆりんこ、おやすみ。」
と語りかけるとまで言っていた。
結婚するのはその女性だけど、愛しているのは私だと。
でも実際はどうよ?






ナンダ、やる事やってんじゃん。



LINEの写真を見た時、正直そう思った。
なんかもう、すっごい興醒めっ!!
すごく傷付いたけれど、その分スッキリした。


そしてもう一つ思い出したこと。
私と交際する前にお付き合いしていた、元カノさんの話。
彼はとても優しい心の持ち主で、
決して意図して相手を傷付けるわけではなく、
もちろん悪気など全くないのだけど、
それでもなぜか女性を傷つけてしまう星の人なのかもしれない。

その元カノさんは、
彼との恋愛(もしくは彼との別れ)が理由で心を病んでしまった。
ついには精神科に通院するようになったそう。
彼女には申し訳ない事をしてしまったと、
ひどく反省していた彼を思い出したのです。

結局その元カノさんは、
その後通院していた精神科の先生と結婚されたそうだけど、
なんて言うかうまく説明出来ないけれど…、
やっぱり彼にはそういうところがあるのかもしれない、
とも思った。


とは言え、別に今さら彼を責める気はありません。
私だって未熟だったし、そこはお互い様。
でも彼から別れを告げられてひどく落ち込んでいた時、
周りの友人が口をそろえて言った事は
やはり正しかったと、今は本当にそう思う。
「そんなヒドイ人じゃないよ!」
ってあの時は必死になって彼をかばっていたけれど、
客観的に物事を見られるようになった今となっては、
やはり周りの意見の方が正しかったと思う。



あの時は、
「彼と一緒になるためならどんな努力も惜しまない!」
とあんなにも思っていたのに、
不思議なことに今となっては、彼と結婚しなくて本当に良かったと、
心の底から思っている自分がいます。

もちろん彼も、私と結婚しなくてよかった。
だって私ではあまりに力不足だもの。

私よりもお嬢様で、私よりもご実家に経済力があって、
私よりも大人で知的で、
私よりも素晴らしいその女性との結婚を選んだ彼もまた、
正しかったのだと思う。


:::::

JR新宿駅南口にある
クリスピー・クリーム・ドーナツ「新宿サザンテラス店」が
2017年1月3日の22:30をもって営業を終了するらしい。

日本初上陸で話題になった日から10年、
ついに営業を終了すると聞いて、ふと思い出した彼のこと。

お店がOPENしたばかりの頃、
ちょうど彼が新宿に住んでいたこともあって、
そのお店の前をふたりで手を繋いで歩いたことがありました。
「さすが人気だね、こんなに寒いのにみんな頑張るねー。」
って、そんな話をしながら。


お店がOPENしたのが2016年12月。
私が彼とお別れしたのも、2016年12月。
だから思い出がリンクする。



あの悲惨なお別れから、もう10年なんだなと。
彼はきっと今日も、
ご家族の皆さんと幸せに暮らしていることでしょう。



<終わり>

私の思い出話に長々とお付き合いいただきまして、
ありがとうございました


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2016.12.23
※前回の記事(↓)からの続きです。
『三日月』みたいになった、私たち。

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彼とお別れしてから3年近くが経った頃、
実は私たちは一度だけ連絡を取り合いました。
当時はまだスマホもLINEもない時代。
彼がメアドを変えていたら届かなかったけれど、
私が送ったメールは無事に彼の元へ届き、
そして彼もまたきちんとお返事をくれた。



そう、私からメールを送ったのです。



当時、私は元夫と離婚調停中で別居もしていました。
離婚調停のため月一くらいの割合で、
弁護士先生と家庭裁判所に行かなければなりませんでした。

それまでは裁判所なんて
自分とは無縁の場所だと思っていたし、
当然、『調停』なんて生まれて初めてのこと。
何をどうすれば良いのか、戸惑いも大きかった。

そんな時にふと、
昔彼が話していたことを思い出したのです。
「うちの母親が、調停委員をしてるんだよね。」って。
(もう、さすがとしか言いようがないですよね。
選ばれし者。誰でもなれるわけではないですから。)
そこで私は藁にもすがる思いで、彼にメールを送ったのです。
「何かアドバイスがあれば、教えてほしい。」と。

返事は期待していませんでした。
彼のメアドが変わっていれば届きません。
仮に届いたとしても、返事をくれるとも限りません。
ダメ元で送ったメールでした。





彼は、返事をくれました。



あれから私との連絡を絶つために、
メアドを変えているかもしれないと覚悟もしていたけれど、
彼はそのままにしていてくれた。
「いつでも私からの連絡が受けられるように。」
そんな風に解釈するのは自意識過剰過ぎだし、
実際そこには何の意味も無いのかもしれないけれど、
それでも素直に嬉しかった。
彼は結構な長文で、きちんとアドバイスをくれたのです。


もう記憶は曖昧で不確かなのですが、
アドバイスに対するお礼を送った時に、
彼の近況か何かを訊ねる形で返信をした気がするのだけど、
それに関しては返事が来ませんでした。
だから私たちがやり取りしたメールは、1,5往復。


彼が最後に会った日に言ったセリフを思い出しました。


「俺は世界で一番、まゆりんこの応援団長だから。
困ったことがあれば連絡しておいで。
俺に出来る範囲で力になりたいから。」


あれは本当だったのだと、思いました。
何気ない連絡なら、取り合う気はない。
でももしも本当に困った時には、力になりたい。
だから彼は丁寧なアドバイスだけ送り、
あとのメールは無視したのだと。



<次回に続くけれど、そろそろ終わります>


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2016.12.23
※前回の記事(↓)からの続きです。
私を捨てた彼と、最後に会った日のこと。

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彼と最後に会った日から、
私たちは別々の道を歩んでいました。

この頃ちょうど
綾香さんの『三日月』という歌が流行っていて、
彼が言ったんです。
「俺たちの応援歌みたいだね。」って。

改めて歌詞に注目して聴いてみたら、
「この歌、私たちのために作ってくれたんじゃない?」
って思うほどに、本当にふたりの状況に似ていて、
だから私は未だにこの曲を聞くと、
当時の胸の痛みがフラッシュバックしたりするのだけど。





:::::

たとえ頭では理解できても、心が追いつかない日々。
彼への気持ちが突然消えるわけもなく、
ただただ辛い毎日を送っていた私。
一方で彼は、例の女性とお付き合いが始まり、
そしてそれは結婚を前提としたお付き合いなわけで、
そんな事を想像すると、辛さも倍増でした。

少し前までは、私と一緒に暮らす家を探すだとか、
子供は何人欲しいだとか、
北海道では車を運転してもらわないと生活できないよとか、
もうすぐ始まるふたりの生活について話していた私たちだったのに、
あれはいったい何だったんだろう…。


心にポッカリと、大きな穴が開いてしまいました。



それからは、お互いに全く連絡を取りませんでした。
それでも私は毎日彼のことを想い、
国家試験当日は、彼が全力を出し切れるようにと
祈って祈って、願って、願って。

もし彼がこの試験にまた失敗したら、
例の女性との結婚話は破談になるかもしれない、
とふと思ったりもしたけれど、
それでも試験に失敗すれば良いのにとは思わなかった。

お付き合いしている時に、
お裁縫が苦手な私が一生懸命作った
白衣の形をした合格祈願のお守りを、
彼がその後どうしたのか、試験会場に持って行ったのか、
それさえも知る由はないけれど、
彼の合格を祈る気持ちは当時と何一つ変わりませんでした。
毎日お勉強を頑張っていたのを知っていたし、
彼なら絶対に「心」のある素敵なお医者さんになると思っていたから。

でも結局、私は彼の合否すら知ることが出来ず、
突然突き付けられた現実を
なんとか受け入れるしかないまま暮らしていました。

:::::

結論から言うと、彼は無事に試験に合格し、
北海道の病院で働いているようでした。
おそらくその後の私のことを心配して、
時々私のブログをのぞきに来ていたようです。

当時私は元夫と結婚していたのですが、
ご存知の方もいらっしゃる通り…、
夫婦関係は決してうまくいっておらず、
思考錯誤する苦しい気持ちをブログに綴っていたので、
私がきちんと幸せを手につかむまでは
そっと陰から見守っていたい、
彼はそんな気持ちでいたのかもしれません。

ブログに設置していた“足跡機能”に、
彼が勤務する病院名が挙がることがあったので、
その時間帯から想像するに、
おそらく自宅にいない当直の合間なんかに
私のブログを見ているのだろうなと思いました。

やはり複雑な思いでした。
もしも私が奥様の立場だったら、この状況ってとても嫌だなと。
夫が当直で自宅にいない間に、
職場のパソコンから元カノのブログを見ているのだから。
例えそこにやましい気持ちなど無かったとしても、
決して気持ちの良いものでは、無い。


お別れしてから今まで、当然会ったことはありません。
彼もそこはきちんと決めていたようで、
「学会とかで関西に行くこともあるだろうけど、
でももうこの先、まゆりんこと会うことは無いと思う。」
と、最後に会った日に彼自身がそう言っていました。




でも。


一度だけ、たった一度だけ、
実は私たちは連絡を取り合ったことがあります。
お別れしてから、3年近くが過ぎた日のことでした。
それは電話ではなく、メールでした。


<続く>

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2016.12.22
※前回の記事(↓)の続きです。
私の失恋に、母が心を痛めていた。

:::::

それまではさほど自分の生活とは関わりがなかったのに、
彼とお付き合いするようになって、
もうすっかり乗り慣れた新幹線で、彼に会いに行きました。
12月の寒い日のことでした。

彼のおうちに入ってまず、
室内の空気が変わっていることに気付きました。
うまく説明出来ないけれど、彼はもう私ではない、
別の誰かとの新しい生活を始めていることを、
その空気感から悟りました。

男性の一人暮らしには似つかわしくない、
例の女性からもらったであろう
クリスマスプレゼントらしき物が飾られていても、
見て見ぬフリ。

今までは彼の家にはなかった
某ファッションブランドの紙袋も目に入ってきたから、
なんとなく彼女のテイストも分かってしまったりして、
もうここに私の居場所はない、
と感じて辛かったのを覚えています。

:::::

彼に会う前に色々なことを考える中で、
時間の経過とともに「悲しみ」に加えて
「怒り」も芽生えてくるようになりました。

でも実際に彼に会うと、
その怒りはスーっと消えてなくなってしまいました。
さて、なぜでしょう。
それは彼の表情だとか、行動だとか、
ふたりの間の空気感だとか、そういったものから、
彼も彼で相当に辛い思いをしていることを知ったから。
私だけではなかった。
彼も私も、ふたりとも同じような気持ち。


彼はまっすぐに私の目を見て、
そしてその目に涙を浮かべながら、言いました。


「俺は今でも、まゆりんこを愛しているよ。
例の女性と結婚して、例え隣に彼女が寝ていたとしても、
毎日一日の終わりには心の中で
『まゆりんこ、おやすみ』って思っているから。」


「俺は誰よりも、
世界で一番まゆりんこの応援団長だから。
この先はもう連絡は取れなくなると思うけど、
どうしても困ったことがあったら連絡しておいで。
俺に出来ることなら、力になりたい。」



そんな事を言われて、
嬉しいようなそうでもないような…、複雑な心境でした。



ねぇ、そんな夫婦って本当に幸せなの?
その女性も、こんな結婚で幸せになれるの?
同じベッドで隣に寝ているのに
夫は心の中で自分とは違う女性のことを想っているんだよ。
もしも私なら、相当ショック。


それに彼も、本当に幸せになれるの?
私はね、今は無理でも、
たくさんの時間が流れたこの先の人生で、
もしかしたら彼以上に好きになれる人と出会って、
幸せな結婚が出来る日が来るかもしれない。
私の将来には、まだ可能性があるよ。
でも彼はどう?
その女性のことよりも、私のことを愛しているって、
ハッキリ言ったけど、本当にこれでいいの?



頭の中がぐしゃぐしゃでした…


でも1つだけ、ハッキリしていたこと。
それは、彼はもう決めたのだということ。
私を捨てて、その女性と一緒になることを決断し、
すでにその人生に向けて歩き出している、ということ。

実際に会って、肌で空気でそれを感じて、
自分に突き付けられた現実を見ることが出来たから、
何事も納得しなければ前に進めない性格の私としては、
やはり最後に会ったことは正解でした。


:::::

好きな人から嫌われて別れるのも辛いけど、
お互い好き同士なのに別れなきゃいけないのは、
もっともっと辛いものでした。

彼と最後のお別れの時。
それは2016年12月31日のことでした。
彼は入場券で中まで入ってくれ、最後のお見送りをしてくれました。

乗る予定の新幹線がホームに入ってきても、
私はなかなか乗り込むことが出来なかった。



「間もなく発車します。」


というアナウンスが聞こえてきて、
なんとか車内に乗り込んだものの、
彼と繋いだだけは離すことが出来なくて、
もうこれが最後なんだ、もう一生会えないんだと思うと、
離さなきゃと頭では分かっているのに、
どうしても繋いだ手が離せなくて、



「離れてくださーーーーい!!」


って、係員の方が私たちの方に駆け寄ってきて、
無理やりふたりの手を解いたのでした。
その瞬間にドアが閉まって、
ふたりの間にある事情など知る由もない新幹線は
無情にも動き出し…、
もう私は彼の姿を振り返って見る勇気もなくて、
しばらくその場に茫然と立ちつくし…、


気付いたら、その場に座りこんで声をあげて泣いていた。



いい年した大人が恥ずかしいけれど、
我慢できなくて声を出して泣いてしまった。
その様子を誰かに見られていたのかどうかは分からないけれど、
きっとそれは、まるでドラマのワンシーンのようだったと思う。




ただ一言言いたい。
係員の皆様、あの時は本当にごめんなさい。



<続く>

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2016.12.21
※前回の記事(↓)の続きです。
開業医の息子、として生まれてきた宿命。

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半年後には結婚しているはずだった彼から、
突然電話でれを告げられた私は、
彼の政略結婚について心の整理など出来るわけもなく…、
ただひたすらに辛く、無気力な毎日を送っていました。


どうやら私は、精神的に弱ると食欲が全く無くなるらしい。
胃が、何も受け付けなくなりました。
それでも仕事は何とか休まずにこなしていたけれど、
同僚からは「魂の抜け殻」と呼ばれる始末

ほとんど食事をとらなくなった私を心配した母が
毎日私の好物を買ってきては、私の部屋へやって来ました。
この頃の私は、部屋にこもりっきりでした。
だって大好きな彼は、
来年には私とは違う別の女性と結婚してしまう。
こんな風に私が辛く悲しく苦しい思いをしている今だって、
彼はその女性と会っているのかもしれない。
そんなことを想像すると、胸が痛くてはりさけそうで、
毎日部屋でひとり、
それこそ体育座りをして泣くことしか出来なかった。

そんな私の前に向かい合わせになって座り、
「お母さんも今ここで食べるから、あなたも食べなさい。」
と言いながら、
母も泣きながらそれらを口に入れていました。
涙を流しながら無表情でかぶりついていた、
あの時の母の悲しそうな姿は、今でも忘れられません。

:::::

全てを打ち明けていたので、事情を知っていた母は、



「ごめんね。うちが裕福ではなくて。」


と私に謝ってきました。
母にそんなことを謝らせてしまって、
私の方こそ本当に本当に申し訳なかった。


「でもね、お父さんが24歳の時にまゆりんこが生まれて、
すごく若かったのにね、それからずーーーっと、
一生懸命働いてきてくれたのよ。
お母さんも生活のために一生懸命働いてきた。
どんなに嫌な人が職場にいても、
子供たちのためだと思えば耐えてこられたしね。
頼りないお母さんだけど、何よりも子供のことを優先して
一生懸命子育てをしてきたことだけは誇りに思ってる。

うちが普通のサラリーマン家庭のせいで、
まゆりんこにこんな思いをさせてしまって申し訳ないけど、
でも恥じる必要はないのよ。

まゆりんこに“実家が裕福であること”など求めない、
何も無理しなくてもいい、
ありのままのまゆりんこと結婚したいって、
そう思ってくれる人が、いつか必ず現れるから。


お母さん、正直ちょっとホっとしてるのよ。
だって北海道って言ったら遠いし、
そんなにしょっちゅう帰って来られないだろうし、
何よりそんなにご立派なお宅に嫁いでしまったら
きっとまゆりんこが大変だったと思う。
それこそ重圧から心を病んでしまっていたかもしれない。
あなたらしい人生を送れなかったと思うから、
お母さんはこれで良かったと思うわ。」


もう10年も前のことなので定かではないけれど、
確か母はそのようなことを話してくれた、と記憶しています。
“彼の政略結婚のための失恋”
のせいで、母にまで悲しい思いをさせてしまいました。
そしてあの時母が話してくれたことは、全部その通りでした。



アサリくんと結婚する前に、
「どんな奥さんがいい?私に何を頑張ってほしい?」
と何気なく聞いたことがありました。

お料理って言うかな。掃除って言われるかな。
それともずっとキレイでいてほしいって言われるかな。
どんな返事が返ってくるだろうって、
ドキドキしながら待っていたら、アサリくんは即答した。








「何も頑張らなくていい。」




意外でした。


「まゆりんこが、まゆりんこのままでいてくれたらいい。
働きたければ仕事を続ければ良いし、
専業主婦が良いなら家庭に入ってくれたら良い。
部屋も好きなように模様替えしてくれたらいいし、
とにかくまゆりんこには、毎日気持ち良く暮らしていてほしい。
それが俺にとって一番の幸せ。」


別に格好つけて言うでもなく、
本心としてそう言っているのが伝わってきて、
母が言っていたことは本当だなぁ、
こんな私でも、このままの私で良いって
そんな風に言ってくれる人がいたんだなぁって、
アサリくんと出会えた幸せを噛みしめていました。



あの時の、あの別れがあったからこその、
出逢い。

:::::

もちろん、当時の私にはこんな日が来ることなど
想像も出来ないわけですが…
突然電話で別れを告げられた私は、
最初で最後のワガママを彼に伝えます。

もう会うことは避けたいと言った彼に、
この別れ話に納得するために、最後に会ってほしいと言いました。
実際に会って顔を見ながら話さないと納得出来ないと。
そして初めて言いました。
「私が会いに行くから、帰りの新幹線代は出してね。」と。

そんな事を言った私に対して、
彼は若干ひいているような感じでしたが、
これまでのデート代を私だけが散々支払ってきたのだから、
失礼な別れ方になったお詫びとして、
これくらいの誠意を見せるのは当然だと思いました。
もっと言えば、電話一本で済ませようとせず、
こちらまで会いに来て直接事情を説明するくらいの
誠意があっても良かったと思うのです。

でも結局、
「そんな時間があるならば、試験勉強に充ててほしい。」
という気持ちの方が勝ってしまい、
私が彼の元へ行くと自ら申し出たのでした。

<続く>

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2016.12.20