マメちゃんを出産後は実家に帰っていましたが
先日ついに自宅に戻ってまいりました

これまでは実家の父や母、
そして実家の近くに住んでいる妹による
全面サポートのおかげで何とかやってこられました。

お料理も洗濯も掃除も、
身の回りの世話は全部母がやってくれ、
私はマメちゃんのお世話だけに専念出来たけれど、
今後は育児と家事を自分ひとりですることになるわけで、
果たしてやっていけるのかと不安でいっぱい



…でしたが、実際に帰ってきてみると
訳あって不安よりもりの方が勝ってしまい
帰ってきた翌日にはもう、実家に帰りたくなりました。

この多大なるストレスのせいで
母乳が出なくなってしまったらどうしようと心配になりつつも、
もしそうなったら実家に帰る口実になるわね
と思ったりもする私。



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2017.06.14
※前回記事(↓)からの続きです。

出産レポ 【4】陣痛室でのお昼の様子。
http://mayurinnco02.blog114.fc2.com/blog-entry-2922.html




朝6時~7時頃に病院に到着して、
その後はずっと陣痛室で過ごしていました。

到着した時に対応してくれた助産師さんたちは
勤務(夜勤)を終えて帰って行かれ、
引き継がれた日勤の助産師さんが
お部屋まで挨拶に来てくれました。

時々助産師に呼ばれて分娩室に移動し、
分娩台の上で

* 内診
* 赤ちゃんの心拍
* 陣痛

の確認が行われ、まだだと判断されれば
陣痛室に戻されてまた次のチェックを待つ、
ということをひたすら繰り返していました。


ただこの時は比較的良い陣痛が来ていたようで、
担当の助産師さんは
「もう少しやね。今日中には赤ちゃんに会えるね。」
と声をかけてくれました。


:::::

いよいよ分娩室に移動することになったのは
おそらく15時から16時頃だったと思います。
この時には強烈な痛みを感じていて、
今にも何かが出てきてしまいそうで、
それを耐えなければいけない「いきみ逃し」も
本当に限界を感じていました

長時間続いている陣痛のため私の体力の消耗が激しく、
また食事も十分に摂れていないことから
分娩室で点滴が開始されました。

ちなみに一度目は点滴の針を刺し終わった後も
なぜか腕に激痛が続いたため、
「痛いです…。」と申告したところ、
どうやら針を刺す場所が微妙にズレていたらしく、
一旦抜いてからまた再度注射されました

迫りくる痛みの中で、
死産の時もこんな事があったなぁ…と
ボンヤリと思い出していました。
普段から「血管がすごく分かりやすい!」と褒められるのに、
なぜか出産時には点滴を刺す場所を何度も何度も間違われて、
あの時は腕が内出血でアザだらけになったんだよねぇ。

で、今回も点滴で失敗されて数週間はずっと
そのアザが取れず随分と痛々しい左手をしていました


助産師さんたちからは
「そんな恰好なの?」と驚かれましたが、
私は陣痛の波がやってきた時には中腰になって、
その点滴がつるされている棒(?)に両手でしがみつき、
自分のかかとで肛門付近を思い切り押して
いきみ逃しをするのが一番楽に感じていたので、
棒が捻じ曲がるのではと心配になるほどの力で
思い切りしがみついていました

お手洗いに行きたくなった時には
波が去ったタイミングで
点滴をガラガラと引きずったまま移動。
お手洗いは分娩室のすぐ前にあって近距離なのに
この頃には陣痛の間隔も短くなっていたので
個室に入った瞬間にまた次の波がやって来て、


「うぅうううううう…、痛~~~~~い


とひとりでうずくまってうなってしまい、
外で待機してくれていた助産師さんが
「ごめん、開けるよ!!
と言いながら慌てて個室に入って来られました。
そのまま便器の中に産んでしまわないか
心配だったそうです(笑)。

とまぁこんな感じで
分娩室ではひたすらいきみ逃しに苦しみました。

:::::

そうこうしているうちに、
今度は日勤の助産師さんの勤務時間が終わってしまい、
また新たにこの日の夜勤の方たちに入れ替わりました。
もう私が病院に到着してから、
シフトが3回転もしてしまいました
勤務を終えて帰っていかれる助産師さんから、


「私たちの勤務中に生まれると思ったんやけどねぇ。
でもまぁ今日中には生まれるはずよ。
明日出勤して可愛い赤ちゃんに会うのが楽しみやわ。」

と言われ、
プロから見ても予想より長丁場になっているのだなぁ、
とガッカリすると共に、
でも今日中には生まれるのだと信じて頑張ることにしました。



ま、結果的にはさらに長引いて、
この日には生まれてこなかったのですが


<続く>


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2017.06.02
※前回記事(↓)からの続きです。

出産レポ 【3】入院が決定。
http://mayurinnco02.blog114.fc2.com/blog-entry-2921.html




正直、この頃の記憶はあまりありません。
どれくらいの時間を陣痛室で過ごしたのか、
どのタイミングで分娩室に移動することになったのか、
ほとんど覚えていないのです。

ただ12時の昼食は陣痛室に運ばれてきたので
少なくともこの時間には
まだ分娩室へは移動していなかったのでしょう。

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病院に到着してから、すでに6時間が経過しています。
この頃の陣痛は朝食時よりもさらにひどくなっていて、
病室に食事が運ばれてきた時には
ベッドの上で四つん這いの痛み逃しのポーズ中で、
なんだかちょっと恥ずかしかった記憶があります。
(今思えば、恥ずかしいと感じているあたり、
まだ本格的な痛みではなかったのだろうなぁ…


でも食事はほとんど食べられませんでした。
波が去っても無理でした。
スープとサラダとフルーツを少しずつ、
口に出来たのはその程度です。


思えば前日の夜からまともに食事が摂れていません。
前日の晩御飯はアサリくんが切ってくれた
サバ寿司とまき寿司を数切れだけ。

朝食は前回の記事の通り、
少なめの食事のさらに半分だけしか食べられず、
昼食は今回の記事の通り、スープとサラダとフルーツ程度。
ちなみにこの後出てくる夕食に関しては、
本当に一切食べられなかったので
この後長時間続くことになるお産には
明らかにエネルギー不足だったと思います


画像中央にある
「ローストチキンとボイルエッグ(カレー風味)」に関しては
なぜかニオイが完全に無理でして
つわり中に炊き立てのご飯の香りに
「おぇ」っとなるようなあんな感覚です。
吐き気がしてくるので私からお皿を遠ざけてもらい、
全部アサリくんに食べてもらいました。

陣痛の波がやって来た時には
アサリくんに腰をさすってもらったりしていたのですが、
そのアサリくんの吐く息からただよう
「ローストチキンとボイルエッグ」のニオイがまた辛くて(笑)、


「いやー、もうそのニオイがするから嫌ぁあああ

とかなんとか言いながら
せっかくさすってくれているアサリくんを、
腕で全力で払い除けてしまったりもしました


いきみ逃しが辛くて辛くて、
「お尻のあたりを押してー!」
とお願いして押してもらったもののあまり効果を感じず、
「もっと思い切り力を入れて押してー!」
と指示してみたのですが、
アサリくん曰くかなりの力を入れて押していたようで
「え、もうこれ以上無理ってくらい力入れてるけど…
とのこと。

そう言えば誰かの出産体験記で
「肛門のあたりを押してくれていた母の手に、
翌日見たらアザが出来ていた」
なんてことが書いてあったなぁと、ふと思い出しました。

決して貧弱ではない、
一般的かもしくはそれよりも力持ちのはずのアサリくんが
思い切り全力で押してくれても全く何も感じないほど
私の体内からは尋常ではない圧がかかっているのだ、
ということを実感しました。

というわけで、
「テニスボール借りてきてー!」
とお願いして病院から借りてきてもらったのですが
アサリくんが押してくれる場所が
なんかもうポイントがズレまくっていて全然ダメでした


そんなお昼でした。


<続く>


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※前回記事(↓)からの続きです。

出産レポ 【2】しばらく自宅で我慢してみたけれど。
http://mayurinnco02.blog114.fc2.com/blog-entry-2916.html



5月7日

前日の夜21時から朝6時までの9時間、
自宅で10分間隔の痛みに耐えていましたが、
ついに病院へ向かうことになりました。

病院に到着すると、助産師さんによる内診や
赤ちゃんの心音確認、陣痛のチェックなどが行われ、
入院が決定

分娩室に移動するまでに過ごす
「陣痛室」のようなところに移動して
(見た目は入院する病室とほぼ同じ)
しばらくこの個室で様子を見ることになりました。
私はこの後「陣痛室」→「分娩室」→「病室」
という流れで3つの部屋を移動していくことになります。

指示された通り病院のパジャマに着替えて
アサリくんとふたりで過ごしていましたが、
相変わらずお腹の痛みと戦うことになり、辛い時間でした。


:::::

朝8時、朝食が運ばれてきました。

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私にしては割と軽めの量ですが、
それでもこの時は陣痛のために
半分しか食べることが出来なかったので、
残りは付き添いのアサリくんに食べてもらいました。

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痛みの波さえ去ってしまえば、
こうして写真撮影をすることくらいは出来たのですが、
今こうして食事の写真を見返してみても、
この日この食事をいただいた記憶があまり無いというか…。
やはり痛みが辛くて、
食事を楽しむ余裕などなかったのだと思います。


<続く>

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2017.05.31
※前回記事(↓)からの続きです。

出産レポ 【1】痛みの始まり。
http://mayurinnco02.blog114.fc2.com/blog-entry-2914.html



:::::

5月6日

11時にマンションの下まで降りて、
お義母さんからの頂き物を受け取りました。
さば寿司とまき寿司をいただいたのですが、
この日は前駆陣痛でお腹の張りと痛みがあり、
買い出し&お料理が出来る状況ではなかったので、
晩ご飯に頂いたらちょうどいいや♪と有り難く感じました。

この時の私はまだ、
まさかこの日の夜には痛みのために
食事を摂ることすら困難になるとは思いもしませんでした。



夜になるにつれてお腹の痛みはどんどん強くなり、
その間隔も定期的で短くなってきている気がしました。
そしてその波が来ると、立っていることが出来ません
リビングでくつろいでいるアサリくんに
「お腹の痛みがひどいから、寝室で横になってくる。」
と言い残し、ひとりでベッドに向かいました。

スマホに陣痛アプリをダウンロードして、
痛みが訪れる間隔と、
痛みが続く時間を記録していきましたが、
21時頃には10分感覚で波が襲ってくるようになりました。
そしてその波がやって来た時には、
四つん這いにならないと痛みに耐えられほどに
ベッドで横になっているものの、
定期的に訪れる痛みで全く眠れません。
波に襲われる度に「うぅ…。」とうなっていました。


もうこれは前駆陣痛の域を出ているような気もしました。
「もしかして、ついに陣痛なのかな。」
とも思いました。

そして迷ったのが、病院に連絡するかどうか。
初産婦は痛みが10分間隔になれば
病院に連絡するように書かれていた気がしました。

けれど私の場合は半分は初産婦で、半分は経産婦。
まだ連絡するのは早いかもしれない、とも思いました。
数日前には出血が原因で休日・夜間に病院に押しかけ、
フライング入院してしまっています。
今回もまた同じようなことになるのは避けたい、
という気持ちもありました。

そして過去に出産(死産)した時の体験から、
「本物の陣痛は、こんな痛みじゃない!」
とも感じていました。
うなるほどの痛みではあるけれど、
あの時に体験した殺人的な痛みにはまだ至っていない、
と思ったのです。

というわけで病院には連絡せず、
もうしばらく様子を見ることにしました。

:::::

もうお産は近付いているのだろう、
ということだけは分かったので、
今のうちにシャワーを浴びておこうと
痛みの波が去った直後に急いでシャワーを浴び、
体力をつけておかねばとリビングに戻って
痛みが去ったタイミングで
お義母さんからいただいたお寿司を頂くことに。

リビングでも痛みの波がやって来た時には、
床に膝まづいて椅子にもたれかかる形で
「うぅ…、痛い…。」と言いながら四つん這いになっていました。

そんな様子を見たアサリくんが、
「お寿司、切り分けてあげるわ。」
と率先して動いてくれたのは有り難かったけれど、
痛みに悶え苦しく私に対して、






「何切れ、食べられる?」



「ねぇ、何切れ食べるん?」



と、返事をするまでひたすら質問を繰り返して来た時には
「何個でもいいやん。適当に切ってよ!」(心の声)
とさすがにイラっとなりました
こちらは痛くて声も出せないのだよ…。

本当は大好物なのにこの時には食欲もなく、
食べたいと言うよりは、食べておかねばならぬ、
という気持ちで数切れを食べた程度。

この時の私は、突っ立って見ているだけのアサリくんに
「お茶(が飲みたいのでください。)」
と、単語で指示をするようになっていました


その後また寝室に戻って痛みと格闘しましたが、
何せ10分置きに襲われるので、
全く眠ることが出来ませんでした

病院にいつ連絡しようかと迷っていましたが、
翌日の朝6時になった時にやっと、
そろそろ連絡しても良いのではないかと思い、
思い切って電話をかけてみました。

事情を説明すると病院は慌てる素振りもなく、
「今から来てもらってもいいですよ。」
という感じでした。

アサリくんはまだこの時はリビングにいて、
huluを見たりゲームをしたり、時々ウトウトしてみたり…と、
のん気に過ごしていた様子でしたが(苦笑)、


「今から病院に行きたいんやけど、このまま入院になるかも。
車出してもらえる?お酒飲んでない?」


と聞くと、


「飲んでない!スタンバイしてたから!!」


とここぞとばかりにアピールしてきました
私としては、立ち合い出産に備えて
しっかり睡眠をとっておいてほしかったのに!
そんなわけで、5月7日の朝6時に、
入院グッズを持って病院へ向かうことになりました。

痛みの波が来たら普通に座っている姿勢では辛いので
助手席ではなく後部座席に乗り込み、
波が来たら座席にもたれかかって四つん這いになる、
を繰り返しながら病院へ。


結局私は、前日の夜21時から翌朝6時までの9時間、
自宅で10分置きの痛みに耐え、
この時にはもうすでに
結構体力を消耗してしまっていました



<続く>

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2017.05.25