お別れした後はもちろん、
私が別の人と結婚した後も、
ずっと連絡をし続けてきた元カレ=照英さん。



「●●の美味しいお店にご飯に行こう」とか、
「○○のお花畑に行かない?」とか、

お付き合いしていた頃には、
「花畑ばっかり行きたがる
と不満そうにしていたくせに、
私が興味を持ちそうな事でデートのお誘い(LINE)が続きました。

ずっと無視をしたり、LINEをブロックしたりしていたけれど、
そのうちLINEが既読にならないことに気付いたのか、
今度はE-mailで似たような連絡をしてくるように。
電話も時々かかってくるので、
スルーするとは言え、とても迷惑に思っていました。

彼ももうすぐ50歳だから、
こんな風に立ち止まっている時間はないはずだし、
一日でも早く次の人生を歩めるようにと
彼の将来のためを思って
一度だけ連絡に応じたことがあるのですが…、
ご存知の方ならご理解いただけると思いますが、
何せ相手はあの照英さんですから、全く話になりませんでした


もう結婚して大事な人がいること、
その人に余計な心配をかけたくないこと、
照英さんとは今後連絡をとるつもりがないこと、
復縁などありえないことなどを伝えた上で、
何度も「連絡してくるのをやめてほしい」と頼みましたが、


「連絡するかどうかは、俺の自由。」


の一点張りでした


彼の言い分によると、
「嫌なら出なければいい。
連絡が来てどうするのかは、お前の自由だから。」
ということらしい。


呆れて物も言えないとはこういうこと。
そして思いました。きっとこういうタイプの人が
ストーカーとかになるんだろうな、と
そう感じた時から、恐怖さえ覚えるようになりました。

…っていうかある意味、嫌がっていることを伝えてもなお
やめることのない連絡の嵐は、
もうすでに立派なストーカー行為かもしれない。


これ以上関わらない方が賢明だと思った私は、
彼の言うところの「私の自由」ということで、
LINEもE-mailも電話も、全てをブロック。
彼からの連絡が一切入ってこないようにしました。

スマホの設定の関係で、
彼からの電話はすべて拒否されて
呼び出し音が鳴ることはないものの、
着信があった事実だけは「不在着信」として履歴に残るため、
一ヶ月に数回は電話がかかってきていることは把握していて、
「一体いつまでこのしつこさが続くのだろう。」
と非常に憂鬱に思っていたのですが。



昨年の10月を最後に、
照英さんから一切電話がかかってこなくなりました


もう5ヶ月近く、着信履歴がありません。
これは新記録です
本当に本当に、ホっとしました。



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2017.03.04
いやー、本当に驚きました
まだ1月だけれど、もしかしたらこれが
「今年一番驚いた事
になるかもしれないくらいに驚きました。

:::::

事の発端は、実家の母からかかってきた一本の電話。


「あのさ、●●さんって人、
まゆりんこの知り合いにいなかったっけ?」


とある人の名前を出されたのだけど、
それが照英さんの名前だったからもうビックリですよ
まさか母から彼の名前が出るとは。
彼との交際は反対していたし、
母の中でとっくに抹殺されている存在かと思っていたのに。

まぁ知り合いと言えば知り合いですのでw
知っているよと答えると、




「今、テレビに出てはるねん。」



とのこと。
突然のこと過ぎて状況が飲み込めないまま、
しかしさすがに何かの勘違いだろうと思いながらも、
母に指示されたチャンネルを見てみると…、










照英さんが映っていた。



Σ(゚∀゚;)



実はこの時、睡魔に襲われてウトウトしていたのですが、
一気に目が覚めました

:::::

母は照英さんと会ったことは無いのですが、
番組の中で紹介された

* 氏名
* 居住地
* 職業
* とある個人情報(ここでは伏せておきます)


の4つから、
「もしかしたらこの人は、照英さんなのでは?」
と思い、思わず私に電話してきた様子。


いやー、正解ですよ
本当の本当に照英さんでした。
それにしても久し振りに見る顔だなぁ、もう3年振りです。
着ていたお洋服も見たことが無い物ばかりだったので、
私と別れた後に買った物なんだろうなと、
月日の流れを感じました。
まさかこんな形で再会するとはねぇ…。


何だかちょっぴり複雑な気持ちでしたね。
ナンダロ。
未練なんてコレっぽちも無いし、
彼とは本当に別れて良かったと心底思うのに、
久し振りに動く彼を見ると、なんとも複雑な思いが…。


そんな私に、
電話を切った後に母が送ってきたLINEがこちら。





170113.jpg


動く彼を初めて見た、母の感想なのでしょう。
まぁ確かにそうですね。
気付けばもう、今年で50歳になる人ですからね


その後も自由な母は、こんなスタンプを使ってみたり、



01ea1dce882f25d09d74480956ee8affd913909b74.jpg


「アサリくんで良かったわ。」
という素直な感想を残しつつLINEから去って行きましたが、
翌日になって反省したのか、



「テレビの件だけど、言わない方が良かったんだろうかと
まゆりんこの事が気になっています。」


というLINEが届きました

:::::

それにしても人って分からないものですね。
笑顔でテレビに映っている様子を見る限りでは、
ごく普通の爽やかな男性に見えるのに、
実際にお付き合いしてみると、
一言では語りきれないほど色々ありましたからねぇ


ちなみに昨年の10月頃までは、
いくら「やめてほしい」とお願いしても

「嫌なら出なければ良い。出るか出ないかはお前の自由。
かけるかかけないかも、俺の自由。」
と、到底50手前の男性とは思えない持論のもと、
時々電話がかかってきたりしていたのですが、
(着信拒否設定をしているので、呼出音は鳴らず履歴だけ残る)

その10月を最後にかかってこなくなったので、
いよいよ彼も諦めてくれたのかもしれません。


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2017.01.13
※前回の記事(↓)からの続きです。
彼から届いた、一通のメール。

:::::

お別れした後に、
たった一度だけメールのやり取りをした私たちでしたが、
その後はお互いに何の連絡もとらない日が続きました。

おかげさまで私は無事に離婚が成立し、
それなりに男性との出会いもあったりして、
彼のことを思い出す頻度も徐々に減っていきました。




ところがある日、衝撃的な出来事が起きました。




この頃にはスマホを持つようになり、LINEも利用していた私。
一切連絡を取らなくなったものの、
アドレス帳にはまだ彼の情報が残っていました。

「(あえて)残しているのか」のか
「(ただ単に)消していなかっただけ」なのか、
そのどちらなのかは自分でも分からないけれど。


さすがにこの頃にはもう
彼のことを思い出して涙を流す、なんてことは無くなったけれど、
ある日思いがけず、LINEに彼の名前を見つけた時には
一瞬心臓が止まりそうになりました。

私が彼をアドレス帳に登録しているからなのか、
逆に彼が私をまだ登録しているからなのか、
それともその両方なのか…、
そのへんはよく分からないけれど、
とにかくLINE上に彼の名前が挙がってきたのです。




衝撃的だったのは、そのプロフィール画像です。




2人の子供が写っていました。
子供しか写っていないけれど、確かに彼に似ていた。
間違いなく彼の子だ。
あんな別れ方をした彼が、例の女性と結婚して、
さらにはもう2児の父になっていることを
計らずもLINEが私に知らせてくれたのでした。


でも、この時にふと思ったこと。
それは子供の年齢。



写真を見る限りでは、私と別れてその女性と結婚した後、
割とすぐに子供を授かった計算になる。
それに気付いた時、私は一気に現実に引き戻されました。

一連の出来事を、
ちょっぴり美化していたところがあったのかもしれません。
私たちふたりは、悲しい運命。
それぞれが別の道を歩むことになっても、
ずっと心の中でお互いのことを大切に想っている。

彼にいたっては、隣で奥さんが寝ていても、
心の中では毎晩「まゆりんこ、おやすみ。」
と語りかけるとまで言っていた。
結婚するのはその女性だけど、愛しているのは私だと。
でも実際はどうよ?






ナンダ、やる事やってんじゃん。



LINEの写真を見た時、正直そう思った。
なんかもう、すっごい興醒めっ!!
すごく傷付いたけれど、その分スッキリした。


そしてもう一つ思い出したこと。
私と交際する前にお付き合いしていた、元カノさんの話。
彼はとても優しい心の持ち主で、
決して意図して相手を傷付けるわけではなく、
もちろん悪気など全くないのだけど、
それでもなぜか女性を傷つけてしまう星の人なのかもしれない。

その元カノさんは、
彼との恋愛(もしくは彼との別れ)が理由で心を病んでしまった。
ついには精神科に通院するようになったそう。
彼女には申し訳ない事をしてしまったと、
ひどく反省していた彼を思い出したのです。

結局その元カノさんは、
その後通院していた精神科の先生と結婚されたそうだけど、
なんて言うかうまく説明出来ないけれど…、
やっぱり彼にはそういうところがあるのかもしれない、
とも思った。


とは言え、別に今さら彼を責める気はありません。
私だって未熟だったし、そこはお互い様。
でも彼から別れを告げられてひどく落ち込んでいた時、
周りの友人が口をそろえて言った事は
やはり正しかったと、今は本当にそう思う。
「そんなヒドイ人じゃないよ!」
ってあの時は必死になって彼をかばっていたけれど、
客観的に物事を見られるようになった今となっては、
やはり周りの意見の方が正しかったと思う。



あの時は、
「彼と一緒になるためならどんな努力も惜しまない!」
とあんなにも思っていたのに、
不思議なことに今となっては、彼と結婚しなくて本当に良かったと、
心の底から思っている自分がいます。

もちろん彼も、私と結婚しなくてよかった。
だって私ではあまりに力不足だもの。

私よりもお嬢様で、私よりもご実家に経済力があって、
私よりも大人で知的で、
私よりも素晴らしいその女性との結婚を選んだ彼もまた、
正しかったのだと思う。


:::::

JR新宿駅南口にある
クリスピー・クリーム・ドーナツ「新宿サザンテラス店」が
2017年1月3日の22:30をもって営業を終了するらしい。

日本初上陸で話題になった日から10年、
ついに営業を終了すると聞いて、ふと思い出した彼のこと。

お店がOPENしたばかりの頃、
ちょうど彼が新宿に住んでいたこともあって、
そのお店の前をふたりで手を繋いで歩いたことがありました。
「さすが人気だね、こんなに寒いのにみんな頑張るねー。」
って、そんな話をしながら。


お店がOPENしたのが2016年12月。
私が彼とお別れしたのも、2016年12月。
だから思い出がリンクする。



あの悲惨なお別れから、もう10年なんだなと。
彼はきっと今日も、
ご家族の皆さんと幸せに暮らしていることでしょう。



<終わり>

私の思い出話に長々とお付き合いいただきまして、
ありがとうございました


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2016.12.23
※前回の記事(↓)からの続きです。
『三日月』みたいになった、私たち。

:::::

彼とお別れしてから3年近くが経った頃、
実は私たちは一度だけ連絡を取り合いました。
当時はまだスマホもLINEもない時代。
彼がメアドを変えていたら届かなかったけれど、
私が送ったメールは無事に彼の元へ届き、
そして彼もまたきちんとお返事をくれた。



そう、私からメールを送ったのです。



当時、私は元夫と離婚調停中で別居もしていました。
離婚調停のため月一くらいの割合で、
弁護士先生と家庭裁判所に行かなければなりませんでした。

それまでは裁判所なんて
自分とは無縁の場所だと思っていたし、
当然、『調停』なんて生まれて初めてのこと。
何をどうすれば良いのか、戸惑いも大きかった。

そんな時にふと、
昔彼が話していたことを思い出したのです。
「うちの母親が、調停委員をしてるんだよね。」って。
(もう、さすがとしか言いようがないですよね。
選ばれし者。誰でもなれるわけではないですから。)
そこで私は藁にもすがる思いで、彼にメールを送ったのです。
「何かアドバイスがあれば、教えてほしい。」と。

返事は期待していませんでした。
彼のメアドが変わっていれば届きません。
仮に届いたとしても、返事をくれるとも限りません。
ダメ元で送ったメールでした。





彼は、返事をくれました。



あれから私との連絡を絶つために、
メアドを変えているかもしれないと覚悟もしていたけれど、
彼はそのままにしていてくれた。
「いつでも私からの連絡が受けられるように。」
そんな風に解釈するのは自意識過剰過ぎだし、
実際そこには何の意味も無いのかもしれないけれど、
それでも素直に嬉しかった。
彼は結構な長文で、きちんとアドバイスをくれたのです。


もう記憶は曖昧で不確かなのですが、
アドバイスに対するお礼を送った時に、
彼の近況か何かを訊ねる形で返信をした気がするのだけど、
それに関しては返事が来ませんでした。
だから私たちがやり取りしたメールは、1,5往復。


彼が最後に会った日に言ったセリフを思い出しました。


「俺は世界で一番、まゆりんこの応援団長だから。
困ったことがあれば連絡しておいで。
俺に出来る範囲で力になりたいから。」


あれは本当だったのだと、思いました。
何気ない連絡なら、取り合う気はない。
でももしも本当に困った時には、力になりたい。
だから彼は丁寧なアドバイスだけ送り、
あとのメールは無視したのだと。



<次回に続くけれど、そろそろ終わります>


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2016.12.23
※前回の記事(↓)からの続きです。
私を捨てた彼と、最後に会った日のこと。

:::::

彼と最後に会った日から、
私たちは別々の道を歩んでいました。

この頃ちょうど
綾香さんの『三日月』という歌が流行っていて、
彼が言ったんです。
「俺たちの応援歌みたいだね。」って。

改めて歌詞に注目して聴いてみたら、
「この歌、私たちのために作ってくれたんじゃない?」
って思うほどに、本当にふたりの状況に似ていて、
だから私は未だにこの曲を聞くと、
当時の胸の痛みがフラッシュバックしたりするのだけど。





:::::

たとえ頭では理解できても、心が追いつかない日々。
彼への気持ちが突然消えるわけもなく、
ただただ辛い毎日を送っていた私。
一方で彼は、例の女性とお付き合いが始まり、
そしてそれは結婚を前提としたお付き合いなわけで、
そんな事を想像すると、辛さも倍増でした。

少し前までは、私と一緒に暮らす家を探すだとか、
子供は何人欲しいだとか、
北海道では車を運転してもらわないと生活できないよとか、
もうすぐ始まるふたりの生活について話していた私たちだったのに、
あれはいったい何だったんだろう…。


心にポッカリと、大きな穴が開いてしまいました。



それからは、お互いに全く連絡を取りませんでした。
それでも私は毎日彼のことを想い、
国家試験当日は、彼が全力を出し切れるようにと
祈って祈って、願って、願って。

もし彼がこの試験にまた失敗したら、
例の女性との結婚話は破談になるかもしれない、
とふと思ったりもしたけれど、
それでも試験に失敗すれば良いのにとは思わなかった。

お付き合いしている時に、
お裁縫が苦手な私が一生懸命作った
白衣の形をした合格祈願のお守りを、
彼がその後どうしたのか、試験会場に持って行ったのか、
それさえも知る由はないけれど、
彼の合格を祈る気持ちは当時と何一つ変わりませんでした。
毎日お勉強を頑張っていたのを知っていたし、
彼なら絶対に「心」のある素敵なお医者さんになると思っていたから。

でも結局、私は彼の合否すら知ることが出来ず、
突然突き付けられた現実を
なんとか受け入れるしかないまま暮らしていました。

:::::

結論から言うと、彼は無事に試験に合格し、
北海道の病院で働いているようでした。
おそらくその後の私のことを心配して、
時々私のブログをのぞきに来ていたようです。

当時私は元夫と結婚していたのですが、
ご存知の方もいらっしゃる通り…、
夫婦関係は決してうまくいっておらず、
思考錯誤する苦しい気持ちをブログに綴っていたので、
私がきちんと幸せを手につかむまでは
そっと陰から見守っていたい、
彼はそんな気持ちでいたのかもしれません。

ブログに設置していた“足跡機能”に、
彼が勤務する病院名が挙がることがあったので、
その時間帯から想像するに、
おそらく自宅にいない当直の合間なんかに
私のブログを見ているのだろうなと思いました。

やはり複雑な思いでした。
もしも私が奥様の立場だったら、この状況ってとても嫌だなと。
夫が当直で自宅にいない間に、
職場のパソコンから元カノのブログを見ているのだから。
例えそこにやましい気持ちなど無かったとしても、
決して気持ちの良いものでは、無い。


お別れしてから今まで、当然会ったことはありません。
彼もそこはきちんと決めていたようで、
「学会とかで関西に行くこともあるだろうけど、
でももうこの先、まゆりんこと会うことは無いと思う。」
と、最後に会った日に彼自身がそう言っていました。




でも。


一度だけ、たった一度だけ、
実は私たちは連絡を取り合ったことがあります。
お別れしてから、3年近くが過ぎた日のことでした。
それは電話ではなく、メールでした。


<続く>

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2016.12.22